京都地方裁判所 昭和48年(ワ)780号 判決 1976年10月14日
原告
山本イト
ほか六名
被告
酒井敏幸
ほか二名
主文
一 被告らは、各自、原告山本イトに対し、金一、九〇一、二一一円及び内金一、七四一、二一一円に対する昭和四七年六月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合にまる金員を、原告山本幸男、同山本美代治、同山本久美子、同山本順子、同山本司朗、同山本学に対し、右原告一人につき金六三〇、四〇三円及び内金五八〇、四〇三円に対する昭和四七年六月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの、被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その五を被告らの各自負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決中原告ら勝訴の部分は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告山本イトに対し、金四、八〇六、九九七円及び内金四、一七九、九九七円に対する昭和四七年六月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、原告山本幸男、同山本美代治、同山本久美子、同山本順子、同山本司朗、同山本学(以下単に原告幸男ほか五名という。)に対し右原告一人につき金一、六〇二、三三二円及び内金一、三九三、三三二円に対する昭和四七年六月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告ら)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
訴外山本茂は次の交通事故で死亡した。
(一) 日時 昭和四七年六月四日午前〇時二九分ころ
(二) 場所 愛知県海部郡飛島村大字梅ノ郷字中梅三番地の三三(名四国道名古屋四日市線路上)
(三) 加害者 普通貨物自動車(京一一さ九四〇号)
右運転者 被告酒井敏幸
(四) 被害者 山本茂
(五) 態様 右道路を西進中の加害車が、反対方向から歩行してきた被害者に接触し、同人を跳ねとばした。
2 責任原因
被告らは夫々次の理由により本件損害を賠償する責任がある。
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
(イ) 被告京阪コンクリート運輸株式会社(以下被告運輸という。)は、被告酒井敏幸(以下被告酒井という。)の所有し運転する加害車を常時自己の営業に属する、被告京阪コンクリート工業株式会社(以下被告工業という。)製造のコンクリート製品の運送に使用して、その運行を支配し、自己のために運行の用に供していた。
(ロ) 被告工業は、被告運輸をいわば自己の運送部門として指揮監督下におくことにより、同時に被告酒井をも指揮監督しており、同人所有の加害者を自己の業務上運行せしめてその運行を支配し、自己のために運行の用に供していた。
(二) 使用者責任(民法七一五条)
被告運輸、同工業は、右のとおり、それぞれその業務のため被告酒井を自己の指揮監督下において使用し、同人は業務の執行として加害車を運転中後記過失により本件事故を発生させた。
(三) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告酒井は、加害車を運転走行中、前方に被害者を発見したにもかかわらず、前方を注視しながら警笛を鳴らして被害者の加害車に対する注意を促し、また被害者の側方を通過する際には徐行して同人との関隔を十分にとる等の安全運転義務があるのにこれを怠り、漫然と制限速度を越える速度で進行した過失により被害者と接触、まき込ませ本件事故を発生させた。
3 損害
(一) 診療費 九、六〇〇円
(二) 逸失利益 一二、六八九、〇九一円
亡茂は訴外日の出海運有限会社の国内貨物船の甲板長として勤務し、事故時の年収は、一、三九七、八八四円であつたところ、これから三分の一を生活費として控除した残額である九三一、九二五円について、残余稼働可能年数を二〇年とした場合の複式ホフマン系数一三、六一六を乗じた一二、六八九、〇九一円か同人の逸失利益である。
1397884×(1-1/3×13.616=12689091
(三) 葬祭費 三五〇、〇〇〇円
(四) 慰藉料 四、五〇〇、〇〇〇円
山本茂は、妻である原告イトとの間に、同幸男ほか五名の子をもうけたが、特に右幸男を除く五名の子らは、いずれも本件事故当時独立しておらず、これら家族の将来に不安などを残しつつ死別することの精神的苦痛に対する慰藉料としては四、五〇〇、〇〇〇円が相当である。
(五) 原告らの相続
原告らと被害者との関係は右に述べたとおりで原告イトは被害者の右損害賠償請求権の三分の一を、その余の原告らはその九分の一づつを相続により、それぞれ取得した。
(六) 損害填補
本件事故に関し、原告らは自賠責保険から五、〇〇八、七〇〇円の支払いを受けた。
(七) 弁護士費用
原告らは、本件訴訟代理人に本件訴訟を委任したので報酬として、本件請求金額の一五%を弁護士費用として請求する。
4 結論
よつて、被告らに対し、原告イトは、右損害金四、八〇六、九九七円と内金四、一七九、九九七円に対する本件事故の翌日である昭和四七年六月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告幸男ほか五名は、それぞれ右損害金一、六〇二、三三二円と内金一、三九三、三三二円に対する右同様、昭和四七年六月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告らの主張
(認否)
1 被告酒井
請求原因1の(一)ないし(五)の事実は認めるか、同2の(三)の過失があつたことは否認する。被告酒井に過失があるのなら過失相殺を主張する。又被害者と原告らの関係、相続関係自賠責保険より原告主張の金員の支払があつたことは認める。
2 被告運輸、同工業
(一) 請求原因1の事実中、本件事故により山本茂が死亡したことは認める(但し、被告工業は原告主張の日時に死亡したことのみ認める)か、その余は知らない。
(二) 請求原因2の事実はすべて争う。
(三) 請求原因3の事実中、原告らが自賠責保険金として、その主張どおりの金員の支払を受けたことは認めるがその余は不知。
(主張)
1 被告運輸
被告運輸と同酒井との間には、自動車運行の供用関係も、また使用関係もない。被告酒井は、自己所有の前記貨物自動車に「酒井興業」と表示して、複数の会社の荷物運搬を請負つていたものであつて、被告運輸との関係も同様であつた。即ち、同被告は被告運輸の従業員と異なり、勤務時間の制約もなければ、失業保険に加入していることもない。また運送料金は歩合制で、運送終了後は被告運輸に一切拘束されず、勤務に関し一般的に指揮監督されるという関係にはない。現に事故当時、同人は、被告運輸以外からも運搬を請負つていた。
2 被告工業
被告工業は、被告運輸と、法人格上は勿論のこと実質的にも全く別個独立であつて、被告工業やその役員か被告運輸の株式を所持したり役員になつていたのでもないから被告運輸の請負人である被告酒井の過失につき責任を負担する義務はない。
3 被告運輸、同工業
本件事故は、被告酒井が被告運輸より請負つた業務名古屋市港区への荷物運送)の終了後、発生したものであるから業務執行中の事故とは言えず、また運行供用関係からも離脱しているから、これらの責任を負担しない。
三 抗弁
被告運輸、被告工業
被告酒井は、本件事故の発生した道路の歩車道を区分する白線より約一米内側を走行していたのであり、歩行者は右白線より外側(ないしは白線上)を歩行している限り、右被告の運転する自動車に接触する危険性はなく、このことは、仮に原告ら主張のとおり、本件事故時、右被告か制限速度を超える時速六〇粁の速度で走行していたとしても同様であつて、被告酒井は本件事故について過失はない。本件事故は被害者が泥酔の上よろよろと車道に乗出し、加害車の発見がおくれたため発生したもので被害者の過失によるものであつた。
第三証拠〔略〕
理由
第一事故の発生
請求原因1の各事実について、原告らと被告酒井との間には争いがないが、被告運輸との間には事故の態様に関する部分につき争いがあり、被告工業との間には、原告ら主張の日時に山本茂が死亡したことのみ争いがない。
成立に争いのない甲第二号証、甲第七ないし第二一号証、甲第二四号証、乙第一、第二号証、検証の結果及び原告山本イト本人、被告酒井本人尋問(第一回)の結果によれば次のとおり認められる。
1 被告酒井は、昭和四六年三月頃から、自己所有の普通貨物自動車(京一一さ九四〇)(以下加害車という。)を運転して、専ら被告運輸より被告工業製造のコンクリート製品を運搬する作業を請負つていたが、昭和四七年六月三日、被告運輸より、三重県名張市の被告工業三重工場から名古屋市港区にある名四国道の歩道設置現場まで、コンクリートブロツク五〇個を運搬する注文を受付けたので、同日午後六時頃右の三重工場を出発してコンクリートブロツクを運んだ。
2 同日午後一一時頃、被告酒井は右歩道設置現場への運送業務を果たし、当時寝泊りしていた被告運輸の京都工場にある寮へ帰るため、加害車両を運転して、名四国道を西進し翌四日午前零時二九分頃、本件事故現場付近である梅ノ郷交差点にさしかかつた。なお、この時、同人は制限速度五〇粁を約一〇粁越える時速約六〇粁の速度で、歩道よりの車線を進行していた。(本件事故現場付近の道路は、片道二車線で、歩車道の区分には白線が引かれてある)
3 付近には、照明灯などが存在しなかつたが、被告酒井運転の加害車前方五〇米付近の右隣りの車線に一台の普通トラツクが走行しているのみで、見通しは概ね良好で信号機が青色を表示していたため、前記速度のまま右交差点を通過したところ、前方約二〇米の白線部付近を反対方向に歩行してくる白い姿の被害者山本茂の妻イトと被害者の姿を発見した。このため、被告酒井は、加害車のハンドルをやや右に切つたが、減速することなく、右山本茂らの側方を通過した。その時、加害車の左側の運転席付近の梯子、ジヤツキのある部分(地上から約九〇ないし一二五糎の部分)が山本茂の肩付近に接触した。このため同人は地上に転倒したか倒れた時脚は車道上に出ていた。同人は脳挫滅傷の傷害を受け即死した。
4 当日被害者は夕方から妻を連れて名古屋市内の飲屋を五軒程廻りかなり酒を飲んでいた。
5 本件現場は東西に走る広い国道で加害車が西進していた西行道路は三・五米づつの二車線があり、その南側に八〇ないし九〇糎幅の歩道が白線により区別されているがやむを得ず歩道が仕切られているという程度で頻繁な車両の通行から見ると大変危険な個所で白昼でもここを歩行する人は殆んどない。但し当時加害車の照射距離は約九四米あつた。
6 当時被害者は妻イトの後について歩いていたがイトは加害車が通過するときひやつと感じたが妻イトには接触せず被害者にのみが接触し、転倒した。
以上のごとく認められ、一部以上の認定に反する被告酒井本人尋問(第一回)の結果は措置しない。
右認定事実によると本件事故は被告酒井が制限速度を守らず、かつ前方注視を怠り衝突地点から約二〇米手前になつて漸く被害者を発見し、発見したのに徐行したり或はもつと右よりに走つて被害者との間隔をあけ、被害者との接触を避けるような安全運転をなすべきなのにそれを怠つたため生じたもので同被告に過失があるといわねばならず、同被告に過失がないという被告らの抗弁は採用できない。
よつて被告酒井は民法七〇九条により被害者の損害を賠償する義務がある。
但し被害者もこういう狭い歩道を通過し、かつ真正面から対向して来る加害車のあることが判つたのであるからもつと道路の南側に寄り接触をさけるべきであつたのに酒を呑んでいた故もあつてこれを避けず接触したものであるから被害者にも相当な過失があつたとみるのが相当でありその過失割合は被告酒井に六、被害者に四と評価する。過失相殺の主張はこの限度で理由がある。当裁判所の検証の結果によると本件現場は通常歩行者が通るものとは予想されていないような道路であるから通る者も余程の注意が必要であつたといえる。
第二被告運輸、同工業の責任について
成立に争いのない甲第五、第六、第一八号証、被告酒井本人(第一回)尋問の結果、成立の認められる甲第二二号証、証人島内豊の証言とそれにより成立の認められる甲第二三号証、証人岡田重信、同西垣英則の各証言(一部を除く)、被告酒井本人(第一、第二回)尋問の結果によると次のとおり認められる。
1 被告運輸は昭和三八年六月一五日に設立された運輸業者、被告工業は同二二年一二月二七日に設立されたセメント製品の製造販売業者であるが、被告工業の代表者長谷川梅太郎は昭和四八年八月まで被告運輸の取締役であり、同四七年頃約八〇〇〇万円を被告工業が被告運輸に貸付けたまゝとなつている。被告工業は被告運輸のため三ケ所の建物の使用を許し深い関係にある。
2 被告工業は自社製品を需要者に配達せねばならないがその配達を専ら被告運輸に担当させている。被告運輸は自らも自動車をもち自社従業員に運転させているが製品の配達には繁閑があるため被告酒井のように自動車持込の運転手を数多く使つている。自動車持込の運転手は直接の従業員ではないから配達を依頼された商品の数、距離によつて運賃が支払われているが、ガソリン等は、被告運輸が指定したスタンドで買い、その代金は運賃から差引かれている。又被告酒井は被告運輸の従業員寮に寝泊りすることも許されていた。
3 被告酒井は昭和四六年春以来被告運輸の指示で被告工業の製品の運ぶ仕事に従事し、本件事故も前記一で認定したように被告運輸の指示で被告工業の三重工場から名古屋市内へ製品を運んで帰る途中に起つた。尚製品の積込も被告工業の車が行つた。
以上のごとく認められ一部以上の認定に反する証人西垣英則の証言部分は措信しない。
右認定事実によると被告運輸と被告工業は別個の法人であり、被告酒井は被告運輸の従業員として月給を受けているのでなく、自らの自動車で運送を引受けているので形式的に見ると被告工業と被告運輸は加害車の保有者でないようにみられるが、自賠法三条にいう保有者とは実質的概念であり、被告運輸は被告酒井を自己の指揮監督下におき専ら被告運輸の業務に従事させていたものであり被告工業と被告運輸との関係も通常の別法人には見られない密接な関係にあり被告工業が業務上、当然必要とする運輸部門を別法人に担当させているに過ぎないものとみられ被告工業は被告運輸を通じ被告酒井を指揮監督しともにその運行支配をなし運行利益を得ていたものといわざるを得ないので被告運輸、被告工業は、自賠法三条にいう保有者として被害者に生じた損害を賠償すべきものといわねばならない。又被告酒井に過失があること前記のとおりでありその他の免責事由はない。被告らに保有者責任を認める以上民法七一五条の責任を問題とする必要はない。
第三損害
一 診療費 九、六〇〇円
成立に争いのない甲第二号証により、右事実が認められる。
二 逸失利益 一二、一九四、二九一円
1 成立に争いのない甲第三号証、原告イト本人尋問の結果によると、亡茂は本件事故当時四三歳で昭和四七年五月二八日訴外日の出海運有限会社に雇用されて、一年間金一、三九七、八八四円の給与(五ケ月分の賞与を含む。)を支給されるはずであつたことが認められる。
2 被害者が右の収入を得るに必要な生活費はその収入額の三割とするのが相当であるから、これを右収入額から控除した額金九七八、五一八円が当該年間における茂の逸失利益の喪失による損害となる。
3 そこで亡茂の稼働可能年数は二〇年とみられるからそのライプニツツ式系数一二、四六二を右金九七八、五一八円に乗じて年五分の中間利息を控除すると金一二、一九四、二九一円となる。
三 慰藉料 四、五〇〇、〇〇〇円
前記認定の本件事故の態様、被害者の年齢及び、原告イト本人尋問の結果によつて認められる、茂が原告イトら家族の主柱であつたことによる同人死亡後の右原告ら家族の生活状況の変化、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、茂のこうむつた精神的損害に対する慰藉料の額は金四、五〇〇、〇〇〇円が相当である。
四 茂の損害賠償請求権の相続
原告らと亡茂との関係は原告と被告酒井間では争いがなく、その他の被告との関係では成立に争いのない甲第一七号証により認められるので茂の死亡により原告イトは三分の一、原告幸男ほか五名は各九分の一宛、茂の右損害賠償請求権を相続したことになる。
五 葬祭費 三五〇、〇〇〇円
成立に争いのない甲第四号証によると原告イトは仏壇購入のため一五〇、〇〇〇円を要したことが認められるが、葬儀費用として、当時の経済事情を考えた場合、通常三〇〇、〇〇〇円程度はかかるであろうことが経験則上認められるから、三五〇、〇〇〇円の限度で原告イトの請求を認容する。
六 右一、二、三、五の合計 一七、〇五三、八九一円
七 被害者の過失四割を相殺後の金額 一〇、二三二、三三四円
八 損害填補
原告らが本件事故につき自賠責保険から金五、〇〇八、七〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。
九 右の七より八を差引いた金額 五、二二三、六三四円
これを原告らの相続分により按分すると原告イトの分が一、七四一、二一一円その他の原告の分が一人につき五八〇、四〇三円となる。
一〇 弁護士費用
本件審理の経過および前記認容額に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は原告イトにつき一六万円その他の原告一人につき五万円づつを以て相当とする。
第四結論
よつて、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告イトに一、九〇一、二一一円、同幸男らほか五名に六三〇、四〇三円づつおよび右各金員の内弁護士費用を除いた各金員に対する本件不法行為の翌日である昭和四七年六月五日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、右被告らに対するその余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を各適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 菊地博)